日本遺産 村上海賊

“日本最大の海賊” の本拠地:芸予諸島
-よみがえる村上海賊
“Murakami KAIZOKU”の記憶-

4. 暮らし

瀬戸内海の幸を豪快に食す、
村上海賊は漁の民でも、商人でもあった。

村上海賊には、海の安全保障者だけでなく、いくつもの顔があった。 島々を物流の基地とした商人の顔。優雅に香や茶や連歌をたしなむ文化人の顔。そして、瀬戸内海の新鮮な魚介類を扱う漁業者でもあった。それは、海の幸を豪快に使った郷土料理にも受け継がれている。

見どころ

見近島

能島城の北方約1kmに位置する見近島は、
能島村上氏の物流基地としての役割を担っていた。
集落の跡からは、大名の館にも匹敵する質と量の貿易陶磁器や、
備前焼などの流通品が出土した。

幸賀屋敷跡および
周辺の村上海賊関連遺跡群

能島村上氏の陸地部の拠点集落だったと推定され、
「鍛冶屋」や「番匠給」など城下町を思わせる地名が残っている。
周辺の寺には中世の宝篋印塔など、村上海賊時代の繁栄を物語る文化財がある。

法楽焼

素焼きの器に小石を並べ、瀬戸内海で獲れた魚介類を
豪快に盛りつけて焼き上げる郷土料理。
村上海賊の武器であった「ほうろく」にちなんだ料理で、
戦勝祝いに食したと伝えられている。

水軍鍋

芸予諸島で獲れた海の幸を鍋にしたもの。
海賊たちが、新鮮な魚介類を船の上で豪快に食べていたことに
由来するといわれる。
尾道と今治では、村上海賊ゆかりの郷土料理として親しまれている。